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市民ライターのキモ 〜 その真実と技術
                     
                                     吐山継彦
                             

(10) 「"リライト"とは何か」(3)

●リライターとしての栄光は、話を聞いた相手に原稿チェックをしてもらい、「これでOK、全く直しはありません」というようなコメントを頂く時だ。とくに相手が、普段から自分がスゴイと思っている作家や学者からそう言われると、自分の理解力、文章力、構成力にあらためて自信が持てる。

●これを屈折した歓びと考えるか、それとも、リライターの当然の至福と捉えるかによって、リライティングというものに対する評価が変わってくる。もしあなたがオリジナル至上主義者なら、「屈折した歓び」と感じるだろう。しかし、「当然の至福」と感じるなら、あなたはリライティングもまた創造の一種と捉えているのかもしれない。

●一般的な読者にとって、さまざまな活字媒体で読む文章は、何の苦労も、何の創造的努力もせずに書かれたように思えるかもしれない。しかし実は、書き手は骨身を削るような思いでその文章を書いている場合も多いのである。なぜなら、人の喋った内容をテクストとして、それにリライティングを加えていくという作業は、ある意味でインタビュイーとの真剣勝負であるからだ。

●例えば、インタビュアーの質問に対してインタビュイーが肯定的に「ええ」と答えたとしよう。しかし、リライティングされた文章では 「はい」となったり、「うん」となったり、時には「そうだね」となる場合もある。それは、全体の話の流れの中で、リライターがその人はその文脈の中で 「ええ」よりも「そうだね」と答えるほうがよりその人らしい(真実に近い)、と感じたからかもしれないし、ひょっとすると、単に"語呂"の問題でそうなったのかもしれない。

●どちらにしても、リライターはリライティングの過程で嘘をついていく。… とはいっても、リライターの心の中では決してそれはウソではなく、あくまでも読者に対するサービス精神の発露なのである。と同時に、リライターのウソはインタビュイーに対するサービスでもある。なぜなら、ほとんどのまともな被取材者は、むしろリライターのリライティングにかなりの期待を寄せているからである。

●ふつう人間は、話す時よりも書く時のほうが熟考できる。だから、話し言葉よりも文章のほうが論理的で、文法的な間違いも少なく、言葉の選び方も洗練されている。だから、作家や学者がインタビュイーの場合、もし取材の中でインタビュアーが信頼できるリライターだと感じれば、当然ながらリライティングによる洗練を期待するのである。そして、できた原稿をチェックする際、そのデキに満足なら「全く直しはありません」という賞賛の言葉になる。これがリライターの栄光でなくて何であろうか。

 

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