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掲載記事索引

◇市民ライターどんどん
◇地球を見つめて〜なんちゃって
   ……かざりえみこ
市民ライターのキモ
  その真実と技術
   ……吐山継彦
オバチャマは市民ライター ……オバチャマ
ラム 
脱サラ議員奮闘記
…山根一男(可児市議会議員)
関西弁だば、まんづ わがんね
   ……秋田おばこ
ライティング情報あれこれ
◇参加レポート「行ってきました」
◇三反農家の米作りノート
     ……平田泰史
◇わが町中津を語る
    ……霊崎(たまさき)
◇お薦めメルマガ勝手に紹介
◇お薦めのこの一本
◇ショートコラム
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2冊の本が出版されました!





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☆★☆★
★☆★ 書く力、書く参加!
☆★
★          市民ライター通信
☆ 2008.8.20
---------------- http://f-ts.bb4u.ne.jp/~writer/  ★ 第59号★☆★
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■あなたも市民ライターに!■

市民が社会に向けて情報を発信するには、書くことが不可欠です。
多くの市民活動はそこから始まっています。《書く力》を養い、
《書くことで社会参加する》市民ライターになりませんか。
                  
  ========= 市民ライターのイメージ ==========
       
* 書くことによる社会的な発信が大切だと考えている。
* 心情吐露だけに終わらず“レポート性”のある文章がかける。
* ペンが剣よりも強い世界にしたいと思っている。

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■まいど おおきに!■

 気温だけでなく、高校野球、オリンピックと暑い夏になりましたね。
 さて、次号は60号になります。一区切りのためにも、何か特別企画ができればと思っているところです。そこで、関西のみなさまが対象になりますが、9月の編集会議に参集できる方を募りたいと思っています。ご参加いただける方がいらっしゃいましたら、writer@f-ts.bb4u.ne.jpまでご連絡ください!
 
/////////////////////■□■ も く じ ■□■//////////////////

【1】市民ライターどんどん(42)
    特定非営利活動法人NPO政策研究所  ……… 理事長 直田春夫
【2】わたしのシラロン(4)
    私も市民ライターを目指している  ……………………………… スー
【3】地球を見つめて〜なんちゃって(59) 
    畑につるした風鈴  …………………………………   かざり えみこ
【4】オバチャマは市民ライター (26)
NHKスペシャル「レイテ決戦」を見て  ………………………… オバチャマ
【5】私のスピルチャル体験 第16回 ………………………………… 有明弥
【6】この「中二男子」をほめよ
    中学生のディープエコロジー………………………………… thayama
【7】秋田弁だば まんず おもしれー 
    「わえ」は「我が家」  …………………………………… 秋田おばこ
【8】詩
    I NEED YOU ……………………………………………  井上 達也
【9】詩
    幸せに気づく ……………………………………………  陣内 三朗
【10】イベントのお知ら
  (1)お金に変えられない価値を見つける4日間 
    「海と星のキャンプ」
  (2)シニアのための、その道のプロが教える
    「市民ライター&映像制作」連続講座
  (3)体験!フィールドワーク市民塾
   未来ビジョン新世界とニシナリ〜人びとの意識変革から新たな価値観へ
【11】編集後記


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■【1】市民ライターどんどん(42)   ★彡☆彡
□                                           ☆彡
□     特定非営利活動法人NPO政策研究所 理事長 直田春夫
■                                              ★彡
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 NPO政策研究所は、持続可能な社会づくり、地域(まち、コミュニティ)づくりをすすめていくことを目的とする“コミュニティ・シンクタンク(=市民のシンクタンク)”です。
 持続可能とは、地球環境へのインパクトを最小限にしながら、働き、学び、かつ安心・安全・安定した生活を、世代を越えて実現し続けることができる仕組みが社会に組み込まれていることであり、このためには、環境、経済、社会の各システムをバランスよく統合した社会経営を行う必要があります。また、その実現には、市民による自発的・自主的・自律的な参画による地域ガバナンスが不可欠です。

 NPO政策研究所は、そうした持続可能なシステムづくりを進めていくために、調査研究に基づいた政策提案を行うとともに、各種研修事業を通じて市民社会のエンパワーメントをはかり、地域コミュニティの再編とパワーアップを支援します。

 現在の主な事業としましては、
  • さまざまな自治体で、都市内分権=地域自治=市民自治の仕組みを作ったり、改めたりすることのサポートをしています。受託事業として行ったり、政策に関するアドバイザーや委員会の委員として、政策提案を行っています。地域自治組織や区長(地方部ではこういう風に呼んだりします)さんらのお話しを直接聞く機会も多いのですが、案外、地方で、地域の自治意識が高いことに気づきます。みなさん、大きな責任を持って地域の総合的マネジャーとして仕事をしておられます。新しい仕組みは、このような現実を、もう少し、透明に、オープンにしていくことになります。
  • それと関連して、自治体の憲法とも言える自治基本条例の策定のサポートもありますし、地域自治システムを制度的に確立するための条例作りのサポートもあります。
  • 研修事業としては、今年度は龍谷大学と組んで、NPO政策研究所が続けてきた「志の森大学講座」を久しぶりに開催します。環境政策のシミュレーションを行いながら政策形成を学ぶという、やや高度な内容となっています。
  • また、NPOや市民活動団体と行政との協働についても、さまざまな局面で発信しています。今、大阪府へ「新しい大阪方式の協働スタイル」(仮称)を提案しようと、大阪の中間支援団体と一緒に議論しています。さらに、あちこちの自治体の委員会に参加して議論を進めています。
このように、多岐にわたってコミュニティ・シンクタンクとしての活動を行っていますが、スタッフも少なく(専従1人)、財政的にも非常にきびしい状況にあります。でも、ホラでも何でも吹いていかないと(情報発信、政策提言)、世の中変わりませんものね。
 みなさん、よろしくお願いします


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□                          ★彡
■【2】 わたしのシラロン(4) ☆彡
□        ◆  私も市民ライターを目指している  ◆      
■                                       ★彡☆★
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                                             スー

 「市民ライター」と「市民記者」は、同じようなものではないかという人がいる。しかし、この二つの間には大きな違いがあると私は考えている。

 「市民記者」という表現を私が最初に目にしたのは、ライブドアがウェブニュースの書き手として一般の人々を募集した時であったと思う。そして2年前には、韓国で大成功したOhmyNewsが日本でも市民記者を募集し、話題になった。また、「市民ライター」「市民記者」ともに使用されているが、市町村の広報誌のライターの募集もよく目にするようになった。
 しかし、仕方のないことではあるが、プロの編集者や行政職員が自分たちの基準に従って記事の選択や編集をしている。極端にいえば、この市民記者に求められるのは、フルタイムの記者や行政職員の代わりに無償あるいは寸志で書くことになってしまう。
 実は、私も2年間市の広報誌の編集員をしたことがあるが、常にチェックが入り辟易した経験がある。そうなってくると、徐々にどのようにすれば問題ないかを推測して、当初の志も薄れ無難な道を選ぶことになった。

 自分の書いたものが採用される可能性も低く、また自分が本当に書きたいことも書けないことも多いにもかかわらず、何故「市民記者」を選択する人が多いのだろうか。出来るだけ多くの人の目にとまりたいとか、自分の書いたものが社会的な信用がある媒介に掲載されることが満足いくことなのだろうか。
 私の考える「市民ライター」は、他者受けのいいものや、傾向に合わせることではなく、自らの書きたいことを書く・書ける人のことである。無償性や「市民ライター」という呼称にはこだわる必要はないと思っている。ただ、書きたいこと、書かなければならないことがあれば、無償でも書くぐらいの気構えは欲しい。
 わずか10年前には想像もできなかったほど、今や個人がインターネットを通じて発信することが容易になった。たとえ読者が圧倒的に少なくとも、また社会的な信用度はなくとも、微妙な妥協をせずに発信することは可能になっている。実際、すでに多くの人がブログで「市民ライター」になり、宝もいっぱいある。

 メディアや有識者の意見が、世論形成に影響を及ぼし、彼等が当事者の分析や解説をしてきたが、代弁してきたわけではない。しかし、「市民ライター」の出現により、当事者が自分で発言することが可能になった。
 17日の朝日新聞社会面にも取りあげられていたが、論座2007年1月号に赤木智弘さんが書いた「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」が論争を起こし、同年4月に7人の論客が同誌で応答するまでに至った。論座に原稿が掲載されるまでに、彼は自分のブログなどで発信していたようだ。その意味では「市民ライター」でもあり、可能性を示してくれたと言える。秋葉原殺傷事件に関する朝日新聞の記事で、その後フリーのライターになったことを知った。一部で彼は注目され、幸せぼけになったとの批判もあるが、「市民ライター」としての出発点を持ち続けてほしいと思っている。

 では私自身はどうかというと、まだ心情を吐露する域に達していない。しかし、だからこそ「市民ライター通信」に関わり、なんとか自分が考える「市民ライター」を目指しているのである。


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□                          ☆彡
■【3】 地球を見つめて〜なんちゃって(59)       ☆彡
□                                       ★彡   
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          ◆ 畑につるした風鈴 ◆
                                        かざりえみこ

お盆の墓参りに、秋田へ行ってきました。そこで見たのは、少子高齢化がさらに進んでこの先どうしたらいいかわからないと嘆く人びとの姿でした。先祖伝来の土地や敗戦後の農地解放で手に入れた農地を前に、もはや息切れ寸前、あるいはとうに閉塞状態に陥ったまま、どうにか国民年金で暮らしているのです。それでも、人間って強いなーという光景にも出会いました。

奥羽山脈までは行かず、ゆるやかな出羽丘陵に囲まれた豊かな農村のはずでした。かつては山菜を採り、たきぎを拾い、花や木イチゴを採ったなだらかな里山が連なっています。ところがあの里山が目に見える勢いで、耕作放棄の農地を浸食し、かろうじて自家用野菜を作っている小さくなった畑をさらにおびやかしているのです。カモシカの食害のことは以前にもこの欄でふれましたので、記憶しておられる方もあるかと思います。今はそれに加えてタヌキ、クマ、さらにハクビシンという聞き慣れない外来種の動物まで我が物顔で出没し、収穫物を荒らしていました。その畑に案内してもらいました。収穫前の枝豆をちぎって食べて、殻をそこら中に散らかしているのはハクビシンのしわざとか。さらにトウモロコシを根元で引き倒し、実を食べているのです。そのあとにカラスがやってきて、食べちらかしを丁寧についばんでいたそうです。食べ殻が散乱していました。

畑の周囲にポールを打ち立て、ネットを張り巡らしても、上から飛び越したり、下からもぐったりして侵入する敵は、人間の知恵を笑っているようです。ある人は黒い布を裂いて吊し、またある人はキラキラと光るテープを吊り、孫がくれたという不要になったCDを何枚も吊り下げていました。ただし効果があるのはほんの数日間のみ。あとは元の木阿弥らしいのですが、手をこまぬいて見ているよりはいいというのです。

私を案内してくれた女性は、それでもなお諦めずに、今年は百円ショップでプラスチック製の風鈴を数個買ってきたそうです。ポールに確かに吊してありました。風の吹く日は鳴り続けて効き目があるそうですが、風のない夜はダメ。そこでまた考えて百円ショップからナフタリンを買ってきたとか。洋服ダンス用吊り下げタイプのナフタリンが畑のまわりで安物のにおいをさせて揺れていました。これがいちばん効いたみたいだよ、と笑っていました。たしかにヘンな光景です。私も笑ってしまいましたが、ホント、笑ってる場合ではないのです。彼女は「いつも、敵を追う作戦を考えている。呆けているヒマがない」と笑って私の手に赤くなりかけのトマトを握らせてくれました。ヤツらにやられる前に採ったらええべ、と大きな声で笑ったら、チリリンと風鈴が鳴りました。


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☆                         ★彡☆彡★彡
★【4】オバチャマは市民ライター (26)         ☆★彡
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          ■ NHKスペシャル「レイテ決戦」を見て。 ■ 
                                         オバチャマ

オリンピック中継に割って入って、この戦争ドキュメンタリーは放映された。もし、教育テレビだったら、オバチャマはこの番組を見ることはなかったと思う。

フィリピン、レイテ島。日本が占領し、大国アメリカに死闘を挑んだ第二次世界大戦最後の砦。「生存者が語る地獄絵・果てなき消耗戦・日本兵の97%が戦没・バンザイ突撃と極限の飢餓・脳裏を離れぬ戦場」日経新聞夕刊のテレビ欄には、そんな副題が並んでいる。当時のフィルムと史実、公平を期すための多方面への取材、元米兵・島民・日本軍帰還兵の証言。できる限り客観的に事実を伝えたいという製作者の姿勢と熱意が感じられた。

「レイテのことは誰にも話したことが無い」80代、90代の老帰還兵たちは、苦しさを滲ませながらはじめは言葉少なに、それから饒舌に語った。
  • 密林のなかを行進していると、前を歩く戦友の肩から骨がみえ白い蛆がかたまってぽろぽろ落ちた。倒れたままの仲間の合羽をめくると、口を開けて餓死していた。(歩兵)
  • 自決できないほど弱った兵士には、多量に麻酔薬を注射して殺した。(衛生兵)
  • うちの大隊長が、過酷な死闘に撤退を上官に進言した。結果、大隊長はひとりで敵中に突撃。2発銃声がした。すぐ代理の大隊長が来て突撃は決行され、みな死んだ。(歩兵)
  • 武器も食料も水も底をつき、上官のための食料略奪を命じられ島民の家を襲った。(歩兵)
  • 情報が漏れるから島民を殺せと命令され、フィリピン人を殺した。今も夢にでる。(歩兵)
  • あの戦争で何もかも失った。戦ったわけでもないのに巻き込まれた。(レイテの老女)
アメリカ人は、日本人の居る村や町を徹底攻撃した。フィリピン人の住民にも爆弾を落として焼き尽くし、島民1万人が犠牲になった。銃剣しか持たない日本兵たちが穴の中にかたまって隠れていると、アメリカ兵は次々に、穴ごと火炎放射器で焼き殺した。焼死体の山。アメリカ軍は、日本軍に迫害された島民たちに武器を渡してゲリラに仕立て上げ、衰弱した日本兵を襲わせた。

本土の大本営は悲惨な現状を知らない。山下司令官は戦いを中止するように進言したが、首相は4万人(8万人だったが半分戦死)の敗残兵に、決戦の継続を命じた。死を覚悟の突撃肉弾戦。爆弾が無いから銃剣を持って、バンザイと叫びながら切り込み死んでいった。

二ヶ月の死闘のあと1944年12月10日、レイテから退却しセブ島へ渡って再起を計るようにと大本営は命じた。飢えに苦しむ兵士達に過酷な行程。武器も食料も供給されず、自決用のたったひとつの手榴弾を手に行進、「天皇ばんざい」と言って多くの兵隊が自殺した。敗残兵たちが港に辿り着くと、そこにはたった4隻の小型船がまっていた。セブ島に着けたのは900人。あとの1万5千人はレイテに取残された。

敗北が決定的になったあとも永久抗戦の命令が下され、結局8万人の兵士(97%)が戦死した。わずか3%の生存者も64年を経て80代、90代。「戦友のことばかり考えている。殺した夢を見る。今も死体の夢にうなされる。」あまりに生々しい記憶がいまも苦しめる。生きて帰ったことの後ろめたさも。忘れることのできない凄惨な戦い。とつとつと語る証言は、強い力で聞く者に迫ってきた。

平和の祭典オリンピックと、同時に放映された戦争ドキュメンタリー。8月15日、今日は終戦記念日だった。戦争はいまも続いている。イラク、イラン、アフガニスタンで、チベットでグルジアで・・・・・・。オバチャマは、再開されたオリンピック中継を見るのをやめ、この証言を書きとめた。忘れることのないように。


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☆【5】私のスピルチャル体験 第16回  ☆彡  ★彡
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                                             有明弥

 私は自分の力ではなく、何かに振り回されている、そんな感じがしていました。
 それなら、それに振り回されてみるのもいいかなと、始めたことがいつの間にか、周りを気にして 「私の生き方はこうだ」ではなく、「周りは私をどう見ている」のが優先され、そのことを自分で決めていたようです。私がしたいからではなく、周りの評価で自分を決めていたようです。
 その為に「こんなはずではなかった」ということになり、自信もなくなり、喜びもなくなり、辛い思いだけが押し寄せてくるようになりました。そして、私を飲み込んでいきました。

 誰もが、違う苦しみを経験していますが、時にはそれに翻弄され、逃げ場を失うこともあります。他人からすれば、たいしたことでないかもしれません。でも本人は、抱えきらない苦しみを、もがき続けることになるのです。
 私は今回の経験で、苦しみを少し乗り越えて、見えてきたものがありました。「よくやった」と自分をほめるのではなく、疲れている時に自分に何がおこり、いかに行動したのかというプロセスが大切であり、それが私の財産になるということでした。
 結果がでなくても、その自分がやろうとしている目標に対して結果だけを求めないで、今していることがすべてであることを学びました。

 それに私には、周りに助けてくれる人たちがいました。沢山の人に「ありがとう」をいいたいです。
 一人で悩まず、迷惑をかけても、裏切られても、相手にされなくても、落ち込んでも、たとえどんな結末がくるとしても、その時の経験が自分のものになると思えるようになりました。
 
 私はこのように、自分のことを書ける場所があり、周りに人がいて、結果少し元気になりました。
 今後は自分のことだけでなく、今をがんばって生きている人を、自分ができることで励ましていければと思います。特に性的マイノリティーの誤解や、偏見をいかになくすかについては、疑問もあり敵対していたこともありました。でも私の今回の問題を通して、これらの問題はそれだけ深く、複雑なことを実感しました。これからは、焦らず進んでいければと思っています。


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■【6】この「中二男子」をほめよ
□        ☆彡       ★彡  
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  ■中学生のディープエコロジー                   (by thayama)


 「花を踏まないように歩いてま〜す」

 この科白(せりふ)は、最近ぼくが関わっている小学五年から中学ニ年までの子どもたち24人のワークショップにおけるグループワークで、中二の男子が発した言葉である。

 ある町の総合計画の子ども版をつくるため、「環境」や「暮らし」、「安全安心」などのテーマごとに子どもたちの意見を聞き、最終的には彼(彼女)ら自身の「ゆめプロジェクト」をつくってもらおう、というものである。

 件の科白は、グループワークの時間に、ファシリテーターが「環境のために何かやってることってある?」と訊いたときに、その中学生の口から出た言葉である。「花を踏まないように歩いてま〜す」。「…ま〜す」の部分に冗談っぽいニュアンスもあるが、おそらく彼はふだん、道や野原を歩いているとき、タンポポやスミレなど、小さな野の花たちを踏まないように気をつけているのだろう。観賞用の菊や薔薇をわざわざ踏む子どもはいないからね。盗む大人はいるけどさ(苦笑)。

 もしかすると彼の言葉の真意は、放課後のサッカー部の練習のとき、校庭の片隅に植えられた草花を、植えた人の気持ちを慮って、踏まないようにしている、という意味なのかも知れない。どちらにしても、一見ガサツでやんちゃ、日焼けして坊主頭の彼の、心の奥底(おうてい)に在るやさしさを感じずにはおれない。

 ファシリテーターの質問の意図は、「ゴミの分別」とか「スーパーでレジ袋をもらわない」とか「使わない電気製品のコンセントは抜いている」といった答えを期待していたのかもしれない。しかし彼の答えは、そのような環境志向の模範解答ではなく、とても詩的で、非常にラディカル(根源的)なディープ(深層)エコロジーの種を胚胎しているようにさえ感じられた。

 因みに、「ディープエコロジー」というコンセプトは、1973年にノルウェーの哲学者アルネ・ネスが提唱したもので、従来の環境保護活動を人間のためだけの「シャロー(表層)エコロジー」と断罪し、そうではなく、「すべての生命存在は、人間と同等の価値を持つため、人間が生命の固有価値を侵害することは許されない」とした。つまり、人間中心主義の環境保護から、環境保護そのものを目的とし、例えて言えば、路傍の花の命さえ無闇に手折る権利は人間にない、ということなのだろう。(この段落は「ウィキペディア」参照)
 
元気一杯の中二男子の心中にある小さな生命に対する思いやり、やさしさこそ、ディープエコロジーへの萌芽でなくて何であろう。ぼくは、この言葉が聞けただけで、同プロジェクトに関わった価値があると思った。


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■【7】「秋田弁だば まんず おもしれー」(秋田おばこ編) ☆彡
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           ■ 「わえ」は「我が家」 ■
                            
                              秋田おばこ

わえ、と聞けば一瞬「???」と思うでしょうね。
でも、落ち着いて考えてみれば、
我の家=「わ」れのい「え」→わえです。
我が家の「が」は所有を表す格助詞で、これが抜け落ちたと
考えれば簡単に解決します。
ちなみに「わこ」は「我が子」。
他にも色々と使います。試してみて下さい。
そう言えば、「わえ」も「わこ」も「わ」のあとが少しのびます。
極端にいえば「わーえ」「わーこ」に近いかも知れません。
古文を思い出させてくれて、秋田弁は面白いでしょう?


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□              ☆彡     ★彡
■【8】<投稿> 詩        ☆彡     ★彡            
□                            ☆彡★彡
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I NEED YOU

                               井上達也 


きょうはこのような華やかなところにお呼びいただき誠にありがとうございます
いつもみなさまのご尽力にははなはだ感謝申し上げます
存分に楽しませていただくつもりです
さて、お呼ばれされている身ながら
なんですか、恐縮ですが一言だけ希望を述べさせてください
きょうはボランティアのみなさんが一生懸命に取り組んでくださっている
ありがたいことです
今度はイヴェント会場に集まるだけではなく
わたくしの、お粗末で汚い家ですが
ぜひ、おいで下さい
きょうのようなパーティーはとても楽しい
その点、わたくしのような変なジジイのところへは
若いみなさんには、とても足が及びにくいかもしれません
高校生であれば、先生に止められるかもしれません
生徒には、学校の基準に沿った活動というものがあるでしょうし
民間や個人とのつきあいには
学校の基準に外れたところがあるものです
けれど、わたくしども在宅の障がい者には
みなさんの元気な手や足がとても必要なのです
みなさんは先生に引率されないとなにもできない、などということがありますか
ただ、みなさんは学校の勉強にいそしまねばならないので
あまりお誘いはいたしません
短大、大学生のみなさん
ぜひ、実習のためばかりでなく
実践の場としておいでくださいませんか
若いみなさん方に
障がいを持ったジジイが変なお誘いをしてしまいましたが
遊びに来いといっても
つまらないところには行きたくないものです
明るく、楽しい、行って得した気分になる所でないと
足は向いてくれないものです
私どもも、だれも来てくれないと文句ばかり言ってないで
自然に足が向いてくれるような努力をする覚悟が必要でしょう
在宅でいる限り自立の努力をしなければならない
人が集まりやすくすることも努力の一歩かもしれません
黙っていても障がいを持っていると近親の者たちが世話をしてくれるものでして
それが甘えになることにも気づかなくなるものです
必要ならば血の吹くような要求の叫びもできるようにならなければならない
自立とはけっして他人の世話にならないということではなく
他人の世話になることだと思います
肉親の世話になることは心地よく
他人の世話になるには相当の覚悟がいる
その覚悟が自立の第一歩かもしれません
元気の出るボランティア活動というものがあります
みなさんはそれに引きつけられる
わたくしどものような家では
なかなか元気など出ないでしょう
かわりに私から元気を引き出してもらえませんか
ところでみなさんは
みんなと一緒でないと行動できませんか
わたくしはみなさんと違っています
小さい頃からさんざん自覚させられてきたことですが
他の人たちと同じでありたいとよく思っていました
みんなができること
わたくしもできるようになりたかった
いまは違います
他人と違うから自分なんだ
そう思い込むようになりました
他人と違う
そう思うことが自立ではないかと思うようになりました
他人と同じことをし
他人と競争し
遅れをとるまいとあたふたする
これでは自分がないも同然ではないですか
他人と違ってもいい
こんな覚悟が自立への始まりだと信じたい
ボランティアのみなさん
怪我もするかもしれませんが たまには
どうか、あなたの自立心を培う意味でも
どうか、ひとりで遊びに来てください


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□             ☆彡☆彡
■【9】詩                ◆彡◇彡
□                          ◆彡★彡
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
    ■ 幸せに気づく ■

                  陣内 三朗

気づいてください
幸せに

心貧しくなかったら
きっと幸せやってくる
心豊かでいられたら
きっと幸せやってくる

こころが決める
幸せは

今のままでも大丈夫
気づいてください
身近な幸せ

ね、見えたでしょ
あなたにとっての幸せが


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□                  ☆彡     
■【10】イベントのお知らせ         ☆  
□                       ★彡★彡 ☆彡
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(1)お金に変えられない価値を見つける4日間 
    「海と星のキャンプ」

(2)シニアのための、その道のプロが教える
    「市民ライター&映像制作」連続講座

(3)体験!フィールドワーク市民塾
   未来ビジョン新世界とニシナリ〜人びとの意識変革から新たな価値観へ〜


転載歓迎
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(1)お金に変えられない価値を見つける4日間 
    「海と星のキャンプ」    

“ものごっつい”自然の中で、障害のある人も障害の
ない人も自分の力を発揮してお金では変えられない
価値を見つけてみませんか?

 日 程:2008年8月25日(月)〜28日(木)【3泊4日】
 場 所:丹後海と星の見える丘公園(京都府宮津市里波見)
     ☆宿泊は公園所管の施設を予定しています(お風呂もあります)
 定 員:障害のある人とない人をあわせて全20人
 対 象:概ね16歳〜30歳代
 参加費:3000円(宿泊費、食費、交通費、行事保険代の一部)
     ☆自宅から集合・解散場所までの交通費は自己負担となります。
 集合・解散:JR環状線「天満駅」北区役所前
       (集合8/25(月) 9時 解散8/28(木) 18:00頃)
 主 催:(特)おおさか行動する障害者応援センター
     (福)大阪ボランティア協会

 申込み・問合せ先:                     
 (特)おおさか行動する障害者応援センター(担当:梅田・福島)
 〒530-0035 大阪市北区同心1-5-27-3F(福)          
              大阪ボランティア協会気付     
 TEL:06-6357-5797(火〜土、10〜17時)         
 FAX:06-6358-2218                     
 EMAIL:o-center@giga.ocn.ne.jp               
 HP:応援センター http://www14.ocn.ne.jp/~o-center/    
   大阪ボランティア協会 http://www.osakavol.org/index.html


(2)シニアのための、その道のプロが教える「市民ライター&映像制作」
連続講座  http://www.osakavol.org/events/20080902writer-eizo.html

趣味・興味をいかして市民活動に出会う
「書くことが好き」「人の話を聞くのが楽しい」「旅行のビデオを作るのが得意」、そんなシニアの皆さんのやりたいことや趣味・興味を生かして、多彩で奥深い市民活動の現場にNPOの取材を通して出会う講座です。その道のプロに基礎から実践まで学びます。各コース充実の全6回講座+成果発表会。

対象:市民活動に関心があり、人の話を聞いたり、写真を撮ったり、ビデオを撮影・編集に興味があるシニア(55歳以上)の方


(3)体験!フィールドワーク市民
 2008年9月28日(日) 10時00分〜16時
 未来ビジョン新世界とニシナリ〜人びとの意識変革から新たな価値観へ〜
 http://www.osakavol.org/events/080928shiminjuku5.html

 かつては最も庶民的で猥雑な歓楽街として、また日雇い労働者の寄せ場として、「場末」のイメージが強かった「新世界」(浪速区)と「あいりん地区」(西成区)。今、これらの地域の「まちづくり」の新しい試みが注目を集めています

 新世界は大阪の新しい観光スポットや芸術パフォーマンスの場として、また「あいりん(釜ヶ崎)」は、新しい福祉やコミュニティ・ビジネスなど、まちづくりの実験場として、多くの人が集まるようになっています。かつてのドヤ街には外国人旅行者なども増えて「まち」が大きく変貌しています。

 歴史的な経緯から様々な社会問題を抱えている地区でもありますが、人びとの意識変革によって新たな価値観が生まれ、社会的課題に対する新しいアプローチを始めています。


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★【11】 編集後記                     ★☆★
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北京オリンピックも24日で終わろうとしているが、私は数回前のオリンピックから興味がどんどん薄れてきた。回を重ねるごとにエスカレートする開会式には、正直うんざり。今回も開会式翌日にハイライトを見たが、奇を衒いすぎるし、長すぎる。さらにスポーツの世界でも莫大な資金がないと勝てないような状況にも興ざめさせられるし、スポーツが国の名誉を背負わなければならない状況にも疑問を持っている。(スー)
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